2018年11月30日(金)、浦和コミュニティセンター(埼玉県さいたま市)にて、身体拘束ゼロ・高齢者虐待防止推進勉強会vol.1「高齢者施設・病院での環境づくり・人づくり〜倫理観の育成について考える」を開催しました。埼玉県内の介護施設を中心に31名の方にご参加いただきました。コーディネーター・ファシリテーターは下記の方々でした。
(コーディネーター・ファシリテーター)
- 下山 久之(同朋大学社会福祉学部 教授)<司会進行>
- 田中 とも江(社会福祉法人こうほうえんケアホーム西大井こうほうえん 施設長)<ビデオコメント出演>
- 小池 京子(医療法人大誠会 内田病院 DSTマネジャー 認知症看護認定看護師)
- 佐久間 尚実(社会福祉法人沼風会 サービス管理、介護支援専門員)
第1回勉強会では、下記の共通質問にファシリテーターが自施設の状況を話して課題提起をし、意見交換をするという方法で行ないました。
(共通質問)
- 人員不足にどう対応していますか?していきますか?
- 倫理観を育成するために、組織にどのようなしくみが必要ですか?
- 不適切ケアにどのように対応していますか?
当日欠席だった、田中とも江理事のビデオコメントも合わせて、勉強会の内容を抜粋してご報告いたします。
人員不足にどう対応していますか?していきますか?
人員不足への対応について、各施設の取り組みや考え方を共有しました。
下山)対人援助の現場で理想のケアを行おうとすると、必ず人員不足が理由としてあげられる。考え方が共有されているスタッフが4人いた場合と、考え方が共有されていないスタッフが5人いた場合どちらがうまくいくだろうか。スタッフの人としての質が重要ではないだろうか。
田中)組織に理念が浸透されているかどうかや、職場環境が心地よいかが大切。人がプラスされても考える力がないとうまくいかなくなる。やむを得ない欠勤の場合もお互い譲り、補うことができるか。ありがとうと言える人間関係。役に立っているということを本人が感じられる施設環境があるか。中間管理職の存在が鍵になると思う。
佐久間)自法人で行っている、認知症ケアマッピング(DCM:認知症の人の観察技法)を紹介。どの場面でどの程度人が足りていないかをDCMの枠組みを用いて検証した。結果、ケア場面によって必要なスタッフの人数が異なることがわかった。短時間のパートさん等を活用していけば、効果的なケアができる。職員教育を充実させ、少人数でも良いケアを提供できる体制の構築を目指す必要がある。
小池)大誠会グループで、スタッフ教育のために使用している動画を紹介。寝たきり同様の姿で入院してきたレビー小体型認知症の方に、本人視点でのケアを続け、回復した事例。内田病院における認知症ケア「大誠会スタイル」、パーソン・センタード・ケアを基本とした身体拘束ゼロ+脳活性化リハ5原則による認知症ケアの紹介。職種連携-フロア制をとっており、事務職を含め多職種が見守るという体制をとっている。
下山)緊急性が高い人材採用(求人活動)に注力しがちだが、人材教育(研修教育)にも力を入れて、離職を少なくするということも必要なのでは。
意見交換)※グループでテーマについて話し合い、全体で共有
- 人手不足は共通の課題。人材教育に力を入れている施設もあった。今いる人材を大事にしないといけない。入ってきたときに場所が変わればやり方も変わる。経験値があってもそこは事業所が理解してほしい。
- 多職種が連携をしていくという話があったが、それぞれの本業が忙しく連携が難しい現状もある。
下山)暖かい気持ちで新人を受け入れることができれば、力を発揮できることもある。大変な現場は中堅どころにしわ寄せがいっていまう。誰もが気持ちよく仕事ができる現場にする必要があるのではないか。認知症の人だけでなく、スタッフも人であることを意識する必要がある。
倫理観を育成するために、組織にどのような仕組みが必要ですか?
倫理観を育成するために、組織でおこなっていることや仕組みについて共有しました。
下山)スタッフ教育では、技術や知識を教えることに比べ、倫理観や価値観を伝えることはとても難しい。一度話したから身につくものではない。何度も何度も繰り返し話をしなければならない。
田中)人を大事にする組織であれば、それをどういう形で打ち出すか。冊子か、唱和なのか。言葉にできる環境があるかどうか。社会福祉法人こうほうえんでは、「互恵互助(ごけいごじょ)」という、法人の理念を形にした小冊子を作って、スタッフ全員が携帯している。1日5分でいいので、今日あったこと思ったことを話し合い、「互恵互助」と照らし合わせる時間をつくっている。そうしないとせっかく作ったものが生かされない。
佐久間)施設の氷山モデルの紹介。このモデルの中でどこかにうまくいかないところがあると、不適切ケアが行われることに繋がるのではないか。パーソン・センタード・ケアを目指すための指針VIPSの紹介。倫理観を育てるための仕組みづくりに必要な項目を紹介した。
- 組織のヴィジョン。理念をすべての職員が共有すること
- 経営層のマネジメント力、リーダーシップ
- スタッフを大切にする風土
- 現場のスタッフだけで取り組むのには限界がある
小池)法人の身体拘束廃止の歴史を紹介。2002年1月に「身体拘束廃止宣言」をした。それからこれまで、縛らない看護を続けることができたのは、下記の4つを大事にしたことだった。
- リーダーシップ
- 施設の方針
- スタッフ教育
- 内田病院の組織文化としての倫理環境
大誠会グループの行動基準の紹介。スタッフ教育では、人として大切なこと(基本的ケア)を徹底している。ケアには2つのルールしかない。「自分がされていやなことはしない」、「どうしてほしいか必ず聞く」ということ。おむつを装着したりといった、法人内でおこなっている体験型の身体拘束研修の紹介。
意見交換)
- 倫理観を共有するのは難しい。利用者に対して不適切な言葉があったときに、「それはどうなの?」とその場で言えることも大事。
- 虐待防止委員会で、グレーなケアを言葉にするのは難しいという話しがあった。皆にわかってもらうために、自分たちで良くないかかわりの場面を撮影した動画教材を作った。自分たちの行動を客観的に見ることが簡単にできる時代になったので、映像を活用するのもよい。
- スタッフが良かれと思ってやっていることを、よくないと考えるご家族もおられる。ご家族に施設の倫理観をわかってもらうには、自施設の取り組みだけでは不十分なところもある。行政のフォローアップもほしい。
下山)倫理観は一朝一夕に醸成されるものでなく、毎日の一つひとつの出来事を検討し続ける事が必要なのかもしれない。
不適切ケアにどのように対応していますか?
最後のパートでは、不適切ケアにどのように対応しているかを共有しました。
下山)パーソン・センタード・ケアでは、良くないかかわりがあったとしても、個人を責めることはしない。不適切ケアをした人を追い詰めると隠蔽(いんぺい:故意に隠すこと)が起こる。能力が高くモチベーションが高い中間管理職は、多くの仕事を抱え込むあまり、バーンアウトして新人へのパワハラをしてしまうことがある。すると新人は見えないところで利用者に不適切ケアを行う。悪循環が起きる。不適切ケアは組織の課題としてとらえるべきではないか。
田中)不適切なケアをしている本人は、自分が行っているケアが不適切かどうかはその場ではわからない。周りから見たらおかしいと思っても、なかなか注意できない。組織の中で振り返るシーンが必要。ケアの場面をビデオで収録して、皆で一緒に見るようにしている。そうすると、自分の映像を見て、自分が気づく。不適切ケアを防止するためには、ユマニチュードの4つ柱(見る、話す、触れる、立つ)をそれぞれが身につけることが大事だと思っている。
佐久間)不適切ケアの防止として、事例検討会、かわら版での啓発、DCM(認知症ケアマッピング)を位置づけている。事例検討会は、夕方早番が終わった後に出席してもらい、事例検討することで職員全体の共通体験にしている。職員対象のかわら版は、理念や新しいケアの考え方などのミニ知識等を書き込んだ情報紙で、毎月の給料袋に入れている。DCMは、何が良いケアで何が良くないケアかを繰り返し考える機会に生かしている。
スタッフに不適切ケアを考えてもらう時、ご利用者の人生の残りの期間をどういう風に暮らしてほしいか考えてもらう。自施設特養の平均在所日数は4年弱。余命4年と伝えると、ケアの方法として身体拘束を選ぶスタッフは少ない。自施設にも身体拘束が残っている。身体拘束をゼロにすることが目標でなく、良いケアに置き換えていくことが大切だと考えている。
小池)不適切ケアを予防するために、管理職が常にラウンドしている。そして見かけたらなるべくその場で伝えるようにしている。それは管理者の責任。不適切ケアの基準は、自分がされたらどうなのかということを考えること、その1点に尽きる。大切な人がされたらどうか、それを見ていられるか。
転倒・転落を防ぐ工夫として次の5つを考えるようにしている。
- 生活リズムの構築
- 歩きたい時は歩いてもらう
- 排泄ケア
- 超低床ベッド
- センサーマット(床・起き上がり)
センサーマットは、使い方次第で、拘束にもなりうる。センサーマットが鳴って駆けつけた場合、どのように声かけするか。「だめだめ、寝ててください」だと拘束になる。「どうなさいました?」と次の行動のための手助けに繋げるならば、拘束ではない。認知症の人が何をしたいと思って動いたかを推測して、行動することが大切だと考えている。せん妄、BPSDのある方の症例を紹介。
下山)利用者に対するアセスメントと同時に、状況にたいするアセスメントも必要。不適切なケアを再発しないよう予防のための取り組みが大切ではないだろうか。
意見交換)
- 新人を指導する立場で、自分自身も仕事を抱え込んでいる。説明しても伝わりにくい人もいる。職員が見ていないときに虐待まがいのことが起きているとの報告もある。どうしたらいいか悩んでいる。
- 新人スタッフへの伝え方も大事、いいところを伝えることなど工夫すると良いかもしれない(下山)
- 自分優位になってしまうことがある。利用者本位にならなければならないと改めて思った。
- 誰でも忙しい時は自分優位になる。そのときに組織の中でどういうフォローアップができるかが大事。(下山)
下山)人員不足で、皆が追い詰められている中で被害者的に発想するとなかなか脱却できない。気持ちが通い合える、人を大切にする風土や文化を育み続けることが大切ではないか。地道にやり続けることが急がば回れで、不適切ケアを減少させていく、身体拘束でない方法を見出していけるのではないだろうか。
おわりに
下山)今回の勉強会は、身体拘束はここまでといったガイドライを示すのではなく、不適切なケアに陥りやすいことってどういうことだろうか、良い施設にするためにはどのようなことが必要かを考える、そのためのヒントやきっかけを考える勉強会だった。出演者の方、最後に一言どうぞ。
佐久間)諦めないでやり続けることが一番の近道だと思っている。
小池)今日学んだことを持ち帰ってできることからひとつずつやっていきたい。
下山)重要だが、緊急性の低い人材育成が重要なところだと思う。
田中) 「不適切なケアについて」のコメント(映像)
研修会などで、これは身体拘束か、不適切なケアかと、よく聞かれることがある。私は、相手が嫌だと思ったことは、全て不適切なケアだと思う。具体的には、本人の人生史を否定したり、できることを奪ったり、本人の発言をきちんと聞かなかったり、話しの間をとらなかったり、そういう姿勢がみえると、誰でも嫌な思いをする。
認知症のある人は、歩けないことを忘れて立ち上がり、転んでしまうことがある。すると、立ち上がらないで、と常に言われるようになる。それは言葉の抑制。その人は気分を悪くする。そのたびごとに嫌な思いをしている。
日々のケアの中で、その人の様子が急に変わったりすることがある。その時、スタッフは無意識でも、何らかの不適切なケアがあったのかもしれない。本人の同意を得ない、本人の世界にズカズカと入る、相手の状況を考えない、スタッフ中心のかかわりが行われたのではないか。スタッフは悪気はないが、本人からすると嫌な思いをしたのだと思う。そういったことを振り返る機会が大切ではないだろうか。
(了)
次回第2回勉強会は、2019年6月を予定しています。
映像と文) 桑野康一
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